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キェ―――
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知らない正論が多いのは私が悪いのでしょうか? 良い悪いなんて判断が問題ではなく、ではなんなのかというと? 私が良い悪いかの判断の上でそれを二度はしない そしてそういうことに対して気をつけて生きていきましょうなんていう アホみたいな終着しかないような、 そんなことはとうにやっている、 が その程度を更に引っ張って引き上げるという状況になるわけで 実感することはその上限の限りはないので、死ぬ そうしていると、 要するに自分の都合のいい周りでない他人にすべて非を押しつけ生きている または自分は絶対に悪くないが同時に誰が悪いかということを特別考え糾弾することもしない または単純に自分が悪いと素直に受け止めスムーズに前に進むことができる といった理論を超越した人間がある、寧ろ全員そう見えるわけだが、それは勿論誤りであり、 だから、みんなも大変なんだからお前も死ぬまで頑張れ!みんな辛いんだ! なんていうことになるのは最悪である が 何でだかはよく分かんない 慣習だからか? 自分は直面しないと何も学ばないのでリスクが小さいうちに出会うことがベターか? 型を製造収集することというのは何ヶ月も前に考えたことのような気がする が自分で紡ぎだした言葉でさえも直面するまで気づかないの? むさくるしい奴が社会経験社会経験なんていうのは実はかなり的を射ているのではないかと思う。 でも自分からグイグイしていくことって結局イメージと妄想の域を出ないような、 だってだったらグイグイいく元気が湧くわけないでしょ、うがかなりマシだろうな 身の回りにそういう人がいないから観察が出来ない 嫌ー 安定感は敵とはよく言ったものだ ぬるま湯は敵か ぬるま湯はずっと漬かってると出る踏ん切りつかなくて辛くなってくるという風呂 どうも最近の記事を見ると暗い感じの内容ばかりで このことから言っても 何事も継続するということは程度を高めるということはかなり言えるだろう。 しかし私のそれは暗い部屋の床に座ることで発動する メモ帳というエディティングソフトウェア上でのみの能力だ。 自分では面白いと思ってるから書いているんだけど マンネリ化 そこら辺の 人には、またか、と思われるだろう そこら辺の 所を どうにかしたい しかし、これでいいのだ、ドン!ドヤ! といった風に開き直っているということ 自覚しているというということを認識しているということ という甘え傲慢が垣間見られるのが最悪 新しいことなんてできないよ 人間もうできあがってしまっているからな 何が作戦だよ馬鹿馬鹿しい なんかもう何も出てこないな 誕生日は祝い祝われるということがほとんどなかったので 記念日とかそういうの やはりフォーマットの呪縛は存在するな。 松本人志が具体例で示してくれた。 勘違いしてしまったことがある。  むしろ同性同士の友情ってあるんでしょうか。 自分なんかはしょうもない自意識が邪魔して自分の中の込み入った話を他人にできない。 そのなんか、隙は無くしたい、生物学的闘争的なものを背後に感じる だから逆にそういう闘争から外れた、 犬とか植物や女性とかとは超仲良くなれる気がしているんだけど別にそうでもない のは不思議だ 狂ったふりではなくあるが、そういったことをしているのだ 今何を作り上げるかということだ。    ところで天井からティッシュが降ってくることってありえるか...? 一人が頑張ったところで1.15くらいにしかならない バカでも二人いたら1.15対2で負ける 友達恋人 定義 "自分の過去ルーツが全て、何物にも先立つ" 定理1自分と違うカーストで生きている人間とは絶対に分かり合えない 定理2どんな人でも自分の来歴に近い人間ほど分かり合える可能性が高い 定理3そうでない人と近づく為には今からより多くの過去を共有することだ 定理4楽しくいきるには成るべく独りよがりの過去を積み上げないように努めること 定理5問題を考えるときは両者の過去ルーツを掘り下げればそれが答え 定理6なりたい自分を設定して今がその自然な過去ならなれる違ったらなれない 定理7自分が悪いことは大体自分が悪い 定理8未来の状況というものに今が与える影響というものは程度は分からないが確実に存在する 病的に浅い そのうち完全に俺が悪者の殴り合いキメてボコボコにされる予感かなりあるんだよな 俺よりマトモな人間を見たことがない みんなどこかイカれていやがる メジャーだからとそのことだけで忌み嫌っている? メジャーなことものを ことを見なおすことよくある。 ヨウチョウ ベ! 自分が関与していないのにメジャーであることが許せないのかも知れぬて 大部分が凡人と仮定するとだな、 それに広くうけいれられてるものはクソであるという計算は自然では? 因果が逆転”! 大部分が偉人で凡人は俺だった! 自分もハゲはじめたらハゲ相応の趣味趣向を持たなければならないなと感じましたね  希望と裏腹に疲れているのに超冷静だから俺今意外と。 珍しく思いついたことを手を加えず時系列順に並べている。 何でもフォーマットを破壊したいということですけどまあ別にどうにもならんな。板についてきてしまっている。 とりあえず、変化が与えられる機会を敏感に察知してそれを受け入れるということ、 無理にその変化というものを追い求めるということはしなくてもいいのかもしれないな、 ということが言いたかった。  そうやって、いつだって何かを信じて生きていればこそ、 運命と言うのは思ったより出来上がったものなのではないかと思うし、 運命というのをいくらか信頼する。



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