忍者ブログ
キェ―――
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




肉体だけが時空間を移動している。
悲しすぎる状態で、人生・社会人編がスタートした。

置き去りにしてきた気持ちたち の表面が、急ぐ背中を見つめているのを感じる。
中には、決定的な違和感や、他人が持つほとんど呪いに近い感情も混じっているように思える。
授業が終わった後の教室の席で、購買で買った安い菓子パンを1人で食べている様子の自分が、
今の自分を冷たい目つきで見つめているのを感じる。
なぜかよく聴いていたYes(特にSurvivalという曲の、包み込むようなハーモニー感)を聴くと、
当時の様子が鮮やかに蘇るのは不思議だ。
また、心意を知りながらも、見て見ぬフリをしてきた人間たちが、
僕の知り得た心意を虚ろに見つめ、動いているのを感じる。
そのためなのか、頭の中を巡るもの・頭の外に出てくるものが、ボンヤリと筋が通っていない風だし、
それらにゆっくりと向き合う時間がやっぱり欲しい。
そうやって、ちょっとずつ、ここまでやってきたんだから。少し煩わしいように思えても。

頼むから、その自撮り棒で僕を殴ってくれ。
カラオケに行くな。ストロング・ゼロを購入しろ。

昨日の積み重ねが、今日を着実に形成している感じがある。
最近、人とは2-3の同じ話題しか喋ってないような気がする。
ここは、狭い、狭すぎるんだ。
一朝一夕ではない力を前にした圧倒的敗北感、それも完全に君の後追いだね。
習慣が自分を作るということは、さすがに確実であると思う。
緑色の矢印、フレームワークとやらに学ぶことも大いにあるはずだ。
ゴールの具体化・明確化は最重要課題、目を逸らさないで。
一方、自分のブログを読んでいたら、いろいろなことが書いてあり、全部を暗記したくなってきた。
さらに、風の谷のナウシカ(漫画)の内容およびセリフも暗記する必要がある。
僕はいつだって、世界(≒自己)に秩序を求めているんだ。

やれる!溶け込める!社会に!
しかし!満たされない虚無感!これが普通ってなわけか!
人に安心を与える笑顔・・・人に安心を与える笑顔・・・ブツブツ・・・

人と協働中に、なんとなく面倒クサ〜くなると、目を合わせなくなる。
なぜなら、人間に対して常に悪意を持っているから。
良かれと思い、手の届く程度の痛みと向き合い続けた狂気じみた経験なんて、実社会では全く求められておらず、
むしろマイナスの方向に作用してしまうことを、日々の生活の中で強く実感している。
私は、頭の中で地球100周分は歩いているよ。半径5メートル以内の憂鬱?
その、ムラのある、歪んだ根性をひとまず叩き直してやらねばならない。

それでも、正義の気持ちを大切にしていない人間くらいは軽蔑してもいいでしょう?その辺はどう?



私は、抽象的でなくできるだけ具体的な言葉でモノを語る必要がある。
っていう話はしましたっけ?
書き言葉で意図を伝えることすらできないのに、
話し言葉で意図を伝えることができるはずもないでしょう?
パソコンに向かっているだけなのに、とても苦しい作業だ。
でも、その積み重ねが世界につながる足場になるんだよ。
そして同時に、自分に言い聞かせる自分の姿なんだよ。



空虚に浸され乾ききった身体は、打ちのめされて床にぶっ倒れてる。涙を流しながら。

君は、どういうハッピーエンドを描いているの?
あたり前の問いに答えることができない。
藝術・学門に身を捧げること
テレビゲームに身を捧げること
仕事に身を捧げること
好きな異性との付き合いに身を捧げること
自らの意志でもって集中をすることができること、すべてが尊く思えてきた。

(頭の中に「計算中...」の文字)

ただし、内向きの引力が開放されていない場合は除く。
てゆうか大体そうだろ?
森羅の万象を踏まえた上で、"自らの意志でもって"集中をすることができる人間なんているか?

沢山いる。
命を燃やしては灰に帰し、魂を砕いては風に奪われることなく、
全体を網羅的に認識し、最適な集中をすることができる才能を与えられた人間が。
この怨念・恨みっ節は聞き飽き、ウンザリだが、
この気持ちはどこまでも回転し続け、逃れることができないのにもう気づいている。

思えば、大学生生活後期(B4-M2)というものは、
このどうしようもない気持ちと抗い続けていたものであった。
"解"なんてものは、到底、見つかりそうもない。
しかしながら、その経過をどうにか記録しておきたいという気持ちがあるワケだ。



今日、暖房いらないなって思って笑っちゃった。

共感の念
既存権益に囚われすぎたピエロ
自動発火する髪の毛
成仏専門アカウント
光よりも速く
高速バスが暴走したら死ぬんですよ。
仕組みならなんでも知りたいという感じがある。
ミュシャの絵画を可能な限り暗記し、脳裏に焼き付けようと思っています。

芸風とはいえ、人を傷つけるようなことを言って面白がらないでよ。
圧倒的な破局が僕らを待ってる。
口先から出てくるのは偽りの言葉ばかりで、辟易してしまった。
何で?
人の話を聞いてなくないですか?
人と話す時、自分が話したい内容のことばかり考えてないですか?
他人のそれぞれの瞬間に寄り添ってますか?
他人のそれぞれの瞬間に対して、"共感"しようとする姿勢が皆無じゃないですか?
アンタバカァ? 当たり前すぎて気づかなかったとでも言うの?

みなさんは、たとえば仙水忍に対する樹のような気持ちで私を眺めていてください。
誠の心のみでこの世界を欺いて見せよう。ただそれだけの事だ。




久しぶりに心の底から絶望している。
泣こうと思っても涙が出ないし。
何が分からないんだかが分からなくて、
もがくことすらも周囲の次元を歪めてしまう。
対して日々は、淡々としたリズムで進んでいくし。
心の、本当に深いところにある足場から、
一歩を踏み出す勇気なんて、どう頑張っても生まれなかった。
明らかにピリオドが打たれた後の世界で、
浮遊するかけらに希望を求めて彷徨う僕を、
冷たく包み込むのは時の多さだけだった。
そしてそのかけらが鈍い光を放ったとしても、
認識のコントラストが強調され、
いつもの冷たさだけが遠くから僕を包み込む。
空間の重心に落下する物体が歩いている。
抽象化された形式にもウンザリする。




PR
Profile
geroppii
Archive




忍者ブログ [PR]