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キェ―――
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最近、というか、この一年くらいは、ブログを書くのを意識的に控えていた。

環境の変化に伴い、目の前に日常が現れてきてくれるので、内容を貪るのに甘えていた、というのもあるが、
それよりも、頭の中のテキストが世界と繋がっている形式が、自らを縛りつけているのではないか、という考えがあった。
事実、その通りであった様に思う。

それでも、個人的には日記を取り続けていて、Evernoteで確認した所、19ヵ月分は溜まっていた。
ローカルに閉じた日記の形式は、世界に発信するには気恥ずかしいパーソナルな出来事を整理し、記録するのに適していた。
あと、単純に時間の使い方を考えてみた時、他を優先しようと判断したというのもあった。



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最近、何かを考えてると、「原点回帰」という言葉に終着することが多いのが気になっていた。
(「「原点回帰」という言葉に終着する 」、は「腹痛が痛い」に通ずるものがあるか?)

例えば、「ゲーム?今更?時間の無駄じゃね?」みたいな気持ちから、「Youtuberが新しいマリオをしてる!ずるい!」といった素直な欲求、
「プログラミング?どうせ誰も見てないから意味なくない?」みたいな気持ちから、「このコンセプトを形にして見てみたい!」といった純粋な好奇心、
などの勢力が心の中で巻き返しているのを感じている。
まだ完全に巻き返してはいないけど。

その流れの1つとして、先程、日記を書いていた所、
「ブログ?(以下超略)」から、「自分の言葉が世界に波及する可能性があるのは素晴らしいのではないか?」とシンプルに思ったということがあった。



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昨日、ブラックナードフェス(黒人オタクの祭事)という音楽フェスに行ってきた。

そこには、インターネット経由で知り、気になっていた人達が何名も出演するようだったので、
なんとなく、使命感みたいなものに駆動され、行こうと決めていた。
その際、会社の音楽好きの同期を誘ってみたのだが、「一般の公民館で行われるようだ」という理由で拒否された。
そこまで調べてなかったので、驚いた。
ライヴ自体は、想定していた様な感じだったけど、面白かった。

一方、俺はこんなもんじゃないというバンドのメンバーの田中耕太郎という、旧知の狂人と世間話をしている中で、

「20代に感性が一度死ぬらしい。30代になると復活するらしいよ。」

と言っていたのが印象に残った。
また、歩いている乳幼児を母親が笑顔で腕の中に迎えていたり、
少年らが芝生の上で「ハンドスプリング」の練習をしていたり、少女らが「色鬼」をしていたり、
という公民館の広場の光景の鮮やかさが、自分の現状と予感に対して示唆的であった。



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今日、ハルカトミユキという、割と最近好きになったグループのライヴを見に行った。
前から思っていたけど、人を救う音楽、というか、在り方ってこういうものなんだろう。
特に、上述の文脈において、

「ただ生きていて こんな世界に今更期待などしない」

という言葉が心に残った。
情熱というものは大体、一晩で冷えてしまうものだけど、そうならない類のものだといいな、と思った。








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