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キェ―――
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この数年は、思い込みが強い人間は、アラが目立つために弱い、とほとんど見下すような気持ちで眺めていた。
この数年は、自分は、視野を広く保ち、他人のフリに学びながら進まねばならない、と決めつけていた。
この数年は、他人という鏡を通して自分を把握することに努めていた。
この数年は、目指す方角へ、バランスを保ちながら最適解を模索するような進み方をしているつもりであった。

でも、その進み方は、低燃費かつ低速であることに苛立ちを覚えることが多くなった。
それに対して、思い込みが強い人間が持つ、力強い推進力を羨ましく思うことが多くなった。
そもそも、そうやって、ある考え方を狭く悪いものだ、と偏見で決めつけること自体が思い込みである訳であった。

僕は、思い込みが自らを締め付け苦しめていることに成人してやっと気づき、積極的にその殻を認識して捨てる努力をしてきた。
思い込みとは何だろうか。
思い込みは、自己完結した決めつけ状態であり、自分だけの世界では認識することができない。

思い込みで決めつけていった先に存在している世界は、細く、狭くなっていく一方のような気がしていた。
でも当然、正解とか、進んでいく先の道っていうのは、枝分かれしていて、幾通りもあるのに気づいた。
進んでいく道の先には、それぞれに広がりや幸せがあるような風で、意外に思った。

そんな状況で、今、どう振る舞うのが最善なのかが分からない。
以前は、あの人が驚いてくれる、あの人が好きになってくれる、といった他人への過度の期待という思い込みが核にあった。
そして、暴かれる現実とのギャップを一つひとつ呪う人生だった。

捨て去ってきた思い込みの殻を、今度は、拾い集めるような作業をしなければならないのか?
このアイデアは随分前からあるものだが、いまだに答えが出ていない。
天才とは、ある能力が突出してるのはもちろん、それ以外の執着心が少ない性質の人間だと思う。
言葉を変えると、自分を取り巻く状況を俯瞰しながらも、激しい思い込みによる集中が自然にできる人のことだと思う。
僕は天才ではないので、頭で考えて、孕んだ矛盾を棚上げしてたまに眺めながら、実行に移していかなければならない。



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