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去年の暮れまで、丁度一年間くらいラーメン屋でバイトをしていたんですけど、今求職をしている。
もうね、ここいらで人間慣れをしとかないと先にあるのは死だ、と一年前の僕は悟ったわけですね。
その成果はというと、うまくやれんだかやれないんだか不明瞭なグロテスクの相を呈している。ていうか多分にやれてない。
今回、一年間殆ど語ることの無かったそのラーメン屋の思い出を綴ります。すげーありがちだけどね。



お店はラーメン屋って言うか中華料理屋と言うのが適当かもしれない。
店長(60代女性)+社員(20代女性)+バイト一人という三人体制で、バイトは調理しないでホール・雑用をしていました。

その店の特徴として、厨房が料理を作るのが非常に遅いので、客を30分以上待たせることはざらで、
然るべく生じる不穏な空気をホール担当の俺が全面的に体験しなければならないという苦役がありました。
悪いときには、あんま関係ない俺が超怖い土方のお兄さんに何分か説教を食らったりした。
(厨房は無視。超理不尽)
(つーか問題は明白、メニューが多すぎ。
 ピーク時には俺はテンぱってしまってラーメンこぼしたりするし、
 明らかに店長も頭が回っておらず、関係の無いレバニラを作り始めるなど負のスパイラルとなる。
 痺れを切らした俺が店長にランチメニューという概念を提案したら無視。理不尽)

まあでも、他のバイトと顔合わせることがなかったし、時給もよく、外観や店内もけっこうやばかったし、
ハンター×ハンター読みながら餃子の定食(餃子は焼ける)も食えるし、でまあまあ良かったといえば良かった。



その店は、今はサラ地になっている。

僕が見ていた僕の記憶の中のラーメン屋さん、つまり社員(20代女性)の人は、
朝早くから出勤、夜は日付が変わるまで仕込み、週休1日、でも仕込みが終わってなかったら無し、
売り上げから予想される給料も恐らくそんなに良くない中で、10年もの間、未来の不透明な同じ日々を送っていたようであった。
翻って自身を鑑みるに、俺は学校に行かせてもらっていて将来もなんとなく見えてきてる中で、
客に怒られ、床に投げ捨てられたお金を拾うなんてのはどうでもよい気分になる(嫌だが)。
店長(60代女性)も苦労していたようで、基本的にはうまくやっていたが、のべつに衝突していた。

ある日、俺がシフトで出掛けたら店内から口論とヒステリックな叫び声が聞こえて、その社員の人が出て行って帰らなかった。
日を改めても社員の人は現れず、それから数日は俺も厨房に駆り出されて大変だった。
そのときラーメンも作れるようになった。全く難しくは無い。

その後、店を新しく建てかえるから今週で店を閉める、と言う旨の店長からの電話があった。
夏ごろまでには新装開店するという話であった。実情か建前か。
その店は偶然通学路上にあって跡地を毎日目にしているが、依然としてどうなる気配も無い。社員の人の行方は知らない。



そういったことがあって今に至ります。
僕はとやかく言える分際ではなかったし、どうにもすることができなかった。
何かすべきだったのだろうか、と尚も思うところである。いずれにせよ後味の悪い幕引きであった。
初めはこんなこと書くつもりは無くて、書いてるうちになんだかネット上の悪口みたいになってしまったけど、
基本店長もいい人で、料理も美味しく地元の常連もたくさんいる良い店でした。
最後に食べさせてもらった麻婆麺は印象深いものがあった。
コーヒーをつくる設備がほしいという話もちょろっと聞いたので、どうなるか経過を見ようと思う。でも戻りたくはないなあ。
まずラーメン屋にコーヒーっていうのがすごいところ。

で、今日近所のケエキ屋に応募の電話をして終日そわそわしていたのに折り返してこない。

 



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